焼酎楽園スタッフのつぶやき

「編集スタッフの生の声をききたい」というご要望にお応えしてスタート。
更新は不定期ですが、毎回、一人ずつ書き込みます。
肩の力をぬいて、お気楽におつきあいくださいね。(^-^)

H20.7.15

鹿児島や宮崎の蔵の人の話を聞くと、九州は梅雨明け。毎日暑い日が続いているとのこと。「でも、東京よりはるかに過ごしやすいですよ。なにしろ空気が乾燥して、東京のように蒸し暑くない。東京は疲れます」と、先日会ったときに話されていました。

こう蒸し暑いと、ついビールを飲んでしまう人が多いようです。しかし、ビールはすぐお腹が張ってくるし、カロリーが高いのが難点。メタボを気にする人には不向き。

そこで、お薦めは本格焼酎の水割り。事前に4:6あるいは3:7ぐらい(アルコール度数8〜10度)に割った焼酎を冷蔵庫で冷やしておきます。ビールを飲みたいと感じたら、この冷酎を飲んでみてください。さわやかな飲みごこちでビールよりもおいしいのに驚かれること、まちがいありません。ビールまがいの「第3の酒」を飲むよりもおいしいし、体にもやさしい。あくまでビール代わりに飲むものですので、さわやかさがポイントになります。

この冷酎を冷たい水代わりに1〜2杯飲んでから、本格的に好きな焼酎を飲み始めると、焼酎のうまさが格段と引き立ちます。好みで原料を選らんで冷酎をつくってみてください。(小)


H20.1.15

遅ればせながら、新年あけましておめでとうございます。

年末年始は焼酎三昧でした。
本格焼酎は、蒸留酒でありながら食中酒。
この正月、おせち料理にも合うと実感した方も多いのでは。
焼酎・泡盛は昨年、それまでの勢いが落ち着き、
消費量が減ると予測する人が多かったようですが、
全国の消費量は前年より3.6%も伸びました。
なかでも北関東から北海道では、10%以上も伸びています。
今年は中国地方から南関東で定着した焼酎・泡盛が北上していきそうです。
『焼酎楽園』Vol.28(1月15日発売)でも触れましたが、
「普通の酒」として定着すればするほど、酒質の平準化が進みます。
産地の風土と文化を伝える「地の酒」としての存在と、
全国で飲まれる「普通の酒」としての存在。
この二つの要素のバランスをいかに考えるのか、
が大事になる年となるのではないでしょうか。
造り手と売り手と飲み手が、
それぞれ自分の「ものさし」を持つことが求められます。
「うまい」というものさしだけでなく、
酒に込められた背景にも想いを馳せて、
焼酎・泡盛をゆっくり味わいたいものです。
今年も取材に基づく正確な情報を提供するだけでなく、
焼酎・泡盛をもっと楽しく味わうための提案を続けます。
忌憚のないご意見をお寄せください。お待ちしています。

今年も『焼酎楽園』をよろしくお願いいたします。
           『焼酎楽園』編集長 小林昭夫

H17.9.16

ようやく全国的に晴天となり、吹く風もさわやかな季節となりました。秋の到来です。 1週間ほど前には、大型台風14号が奄美、九州を襲ったのがウソのようです。

8月29日にマリアナ諸島付近の近海で発生した台風14号は、南大東地方や奄美地方、九州地方を通過したのち、6日夜に山陰沖を抜け、その後、日本海沖を北東に進み、北海道の北部を通過しました。オホーツク海に抜けたのは8日朝になってから。

各地で猛威を振るった台風14号。台風が接近し、上陸した地域の映像も、連日、テレビで放映されました。各地で浸水などの被害も出ています。台風14号は、暴風域が広く、速度も遅いため、長時間に渡って、暴風、高波、大雨が続きました。

九州地方では、いも焼酎をはじめ本格焼酎の仕込みの真っ最中。台風の影響がないかと協力会員蔵に連絡をとってみました。 まだ醪が入っていない仕込み用甕を埋めた土に水がたまり甕がちょっと浮いた蔵があったほか、停電のおそれがあって、仕事を休んだ蔵がいくつかあった程度でした。大きな影響がなく、ひと安心しました。

これからが造りの本番。いもだけでなく、米、麦、黒糖など、どの原料でも仕込みの時期を迎えます。今年もうまい焼酎ができるように願っています。(小)

H17.7.29

「焼酎楽園」最新号(18号)の特集は「麦秋の海」です。壱岐焼酎の産地である「壱岐」を取材で訪れたのは5月。焼酎蔵や地元の酒屋、飲食店などを取材しました。

地元の飲食店で郷土料理を撮影しました。アワビ、サザエ、カメノテ、ウニ……。玄界灘に浮かぶ「壱岐」は、海の幸が豊富。鮮度の良い魚介類を味わうことができます。海女さんが素潜りでとった「ウニ」をごはんにのせた「ウニメシ」や、「壱岐剣」(いきつるぎ)というケンサキイカなどがあります。黒毛和牛の「壱岐牛」もおすすめ。

壱岐牛の専門店も取材しました。取材終了後、壱岐牛を試食。脂ののったやわらかな肉質が特徴です。

全蔵の壱岐焼酎もカラーで紹介しています。壱岐焼酎の新しい試みである「地元の麦で焼酎を造る」プロジェクトも取材しました。壱岐産の麦で造った焼酎は「壱岐産大麦使用」とラベルに書いてあります。酒名やラベルのデザインを見比べるのも楽しいでしょう。黄金色に染まる麦畑を描いたラベルや、仕込みの特徴を酒名に命名した「昭和仕込」や「かめ仕込み」という銘柄があります。

「焼酎楽園」最新号は、全国の書店や本誌に掲載している酒屋などでご購入できます。(福)

H16.12.29

2004年、酒の世界は本格焼酎・泡盛に開けて本格焼酎・泡盛で終わった感があります。
2005年はどうなるのでしょうか?
過熱現象が少しはおさまってくれることを願っています。
異常な過熱は、造り手にとっても、飲み手にとっても、
よい影響を与えるとは思えないからです。
都会的な存在となることによって造られる風土が忘れられ、
デラシネのような存在になってほしくないと願うのは私だけでしょうか。
この正月、こたつで好みの焼酎や泡盛を飲みながら、
1年を振り返ってみるのもよいのではないでしょうか。
今年1年、「焼酎楽園」におつきあいいただき、ありがとうございました。
来年もよろしくお願いいたします。(小)

H16.12.7

今年のさつまいもは晴天に恵まれて豊作という予想でしたが、9月に入って台風の来襲が続いたためか、後半のできはよくないそうです。ある蔵元によると、収量も例年に比べて悪く、造りの期間を延ばしてようやく昨年並のできとのこと。いも焼酎人気で、各蔵で増産態勢をとったが、このままいくとそれほど多くの増産は望めないかもしれません。

話は変わるが、小誌編集部は現在戦争状態です。来年2月中旬に発売する『本格焼酎・泡盛ガイド2005年版』と『焼酎楽園』Vol.16(1月下旬発売)の編集作業が重なったためです。ガイドに新たに掲載する焼酎・泡盛が連日、各地の蔵から送られてきて、事務所を占拠しています。Vol.15では「1000銘柄以上掲載予定」と予告しましたが、2003年からの約2年間で発売された新商品はわれわれの想像以上に多く、掲載銘柄は1100を越える勢いです。

これからコメントを書くための試飲の本番を迎えます。これまでも編集作業の合間をみて少しずつ進めてきましたが、これからはピッチをあげなければ追いつきません。みんなとワイワイいいながら飲む、あるいは一人でじっくりグラスを傾けるのは楽しいのですが、試飲ではそうはいきません。生、お湯割り、ロック、水割りなど飲み方をかえながら味わいの変化を追っていかなければならない作業は、まことにハードな肉体労働です。

試飲を始めると、外でも家でも飲みたくなくなります。毎回のことですが、すべての試飲が終わっても2週間ほどは一滴も酒を飲む気がしなくなります。現状では、正月もほとんど飲まずに過ごすことになりそうです。苦行の成果が『本格焼酎・泡盛ガイド2005年版』として結実することを願って、毎日、試飲を続けています。どうぞご期待ください。(小)

H16.9.16

鹿児島の蔵元によれば、今年のさつまいもは豊作である。しかも品質もよく、いも焼酎造りに向いているといわれる。何回も来襲した台風の影響もそれほどなかったらしい。

しかし、昨今の「いも焼酎ブーム」の影響もあって、それでも不足するかもしれないという話もある。その一方で、今年はさつまいもが余るのではないかという話も聞こえてくる。

どちらが真相なのかは、もう少しすればわかるだろう。しかし、鹿児島本土のいも焼酎メーカーが、さつまいも確保のために種子島まで訪れているそうだから、「それでも不足」のほうがあたっているのかもしれない。

それほど、いも焼酎メーカーの増産意欲は大きいようだ。生産設備を増設し、製造量を4倍に増やす、あるいは倍増するメーカーもあるという。そうでなくとも、昨年から続く出荷調整を少しでも解消するためには、いずれのメーカーでも多少の増産を心掛けていることだろう。

鹿児島・宮崎のいも焼酎メーカーができる範囲内で増石されるのは、過熱ぎみの「ブーム」を落ち着かせるためにもよいことである。その結果、愛飲者の人たちが「自分の飲みたい焼酎を飲みたい時に購入できる」ようになることも願っている。(小)

H16.5.17

「焼酎楽園」13号の特集「東京の島酒」で新島を取材した際、羽伏浦海岸に行きました。
美しい白砂が続く砂浜と、透き通った海。「新東京百景」にも指定されています。
「新島の海がこんなにきれいだったとは驚いたな」
もしも小瓶を持っていたら、白砂を小瓶に詰めれば、旅の土産にもなったでしょう。新島唯一の蔵、「宮原酒造」の商品撮影のロケーションにも最適でした(焼酎楽園13号P18参照)。
サーフィンの大会なども行なわれており、サーファーたちも訪れています。
連休が取れたら、もう一度、訪れたい。強く印象に残る海岸でした。(福)

H16.1.29

東京の街路樹は枝ばかり。強い北西風が空を洗い、日ごろはかすんで見えない富士山もくっきりとその秀麗な姿を見せてくれます。
朝、白い雪をかぶった富士山を見ると気分がよい。夕暮れどきに、たまたま朱色に染まった富士山を望めば、あした一日もよい日になりそうな気がして、うれしくなります。 東京に住むようになって冬が好きになり、冬になると、朝に夕に、また夜更けに、空を見上げるくせがつきました。
この時期は、日本が南北に細長い列島であることを再認識させてくれる時期でもあります。氷点下何十度という北海道から、雪が降らない沖縄まで、地方によって気候・気温がまったく違うのですから。

と、3年前の冬に書きました。東京の空は、智恵子を哀しませた灰色の空ですが、冬は少しはまし。いえ、1年でいちばんきれいです。その思いに変わりはありません。
でも、「本当の空」がある地方に出かけて、真の闇にきらめく星座を見た翌日、東京に戻るのはつらい。あまりにも空の色が違いすぎるのです。
「何もない田舎ですが、星空は日本一です」と、土地の人が胸を張っておっしゃるのを聞くと、心が動きます。今夜はお湯割りでも飲もうっと。(芳)

H15.12.26

2003年は、本格焼酎・泡盛にとって大きな転換期であったように思います。今年は、10年ほど前から少しずつ普及してきた本格焼酎・泡盛の需要が急激に伸びました。年初には、造り手も売り手も、なによりも飲み手も予想しなかったことではないでしょうか。後年、今年は「さつま白波」「いいちこ」に次ぐ「第3のブーム」と呼ばれるようになるかもしれません。

これまでの「ブーム」とちがうのは、市場を牽引したのがある特定銘柄ではないことです。いも焼酎が業界の先頭ランナーとして走り、麦焼酎や米焼酎、泡盛、そば焼酎、黒糖焼酎と、すべての原料で前年を大幅に上回る出荷量を記録したことが特徴です。

しかし、本格焼酎・泡盛が全国各地で受け入れられているとはいえないのも事実です。酒は土地の風土と文化、人々の生活を反映する嗜好品です。その意味では、本格焼酎・泡盛が全国を完全制覇することは無理なのかもしれません。日本の酒文化のなかで、これからどのように位置づけられていくのかを占うのが、2004年の動向ではないでしょうか。

「たかが焼酎、されど焼酎」。この言葉を肝に銘じて、来年も本格焼酎・泡盛の普及に少しでも貢献できるように努力したいと思います。うまい焼酎・泡盛で楽しい正月をお過ごしください。(小)

H15.11.6

黒糖焼酎を唯一造ることができるのは、奄美諸島です。奄美諸島は、戦後、沖縄とともに米軍統治下に置かれました。日本に復帰したのは昭和28(1953)年12月25日のことです。沖縄の復帰が1972年ですから、かなり早く復帰したことになります。復帰実現の背景には多くの人々が展開した復帰運動がありました。人々の熱い思いが早期復帰を実現したといえます。今年は復帰から50年めにあたります。

日本復帰によって、奄美諸島は変わったといわれます。いちばん大きな変化は、復帰に伴う特別措置法によって社会資本の整備(典型的には道路整備)が行なわれたことです。現在も、奄美大島空港から名瀬市に入る道路が整備中ですし、各島で道路整備が行なわれています。

奄美の産業の中心は農業。砂糖の原料となるサトウキビだけでなく、ジャガイモや花卉栽培も盛んです。温暖な気候が豊かな農業を可能にしたのです。かつては奄美大島でも米が栽培されていましたが、残念ながら現在は作られていません。40代以上の人の話では、かつては奄美大島には豊かな田園が広がっていたそうです。

復帰で生活が便利になった反面、開発によって自然が失われていく、あるいは農業政策によって農業の有り方が変化していくという側面もあります。

変化の中でしっかりと受け継がれているものもあります。その代表的なものが、奄美の島唄と黒糖焼酎といえます。島唄の「シマ」は「島」ではなく「集落」をさし、集落ごとに独自の島唄があります。島唄には、日常の生活をテーマにしたものが多いといわれています。まさに「魂の唄」といえます。

一方、黒糖焼酎は奄美を代表する酒です。琉球から海の道を伝って奄美諸島に伝えられ、定着しました。奄美では、昔からシイの実やソテツの実などを原料として酒を造ってきたといわれます。復帰に際して、「米麹を使うことを条件に黒糖焼酎造りが奄美諸島に認められ、それから麹を使うようになった」という説があります。

しかし、これはまちがいです。復帰前から、ソテツの実を麹原料に使うなどして、麹を使って酒を造っていたのです。奄美の焼酎造りでは、「まず麹ありき」と考えるのが妥当です。くわしいことは、『焼酎楽園』Vol.11をお読みください。

11月には、奄美群島復帰50周年の記念行事が東京をはじめ各地で行なわれます。機会があれば参加して、奄美の心に触れられることをお勧めします。(小)

H15.10.24

冷え冷えとした夜風に肌寒さを覚えるこの季節、体を芯から温めるお湯割りが一段と美味しく感じられます。とはいえ、暖房を入れるにはまだ早い。本格的な冬の到来はこれからですね。冬が近づくにつれ、朝晩の冷え込みが刻一刻と厳しくなります。

日が暮れるのもすっかり早くなりました。夕焼けの空が窓に映っていたかと思えば、いつのまにか日も暮れて窓一面真っ暗に。ところが、時計を見るとまだ午後5時。定時に帰るとしても1時間ばかり早い。帰宅する準備をしていたが、慌てて仕事に戻ることも……。

だが、そこで、もう一度机に戻ったところで、仕事がはかどらないことも多い。仕事に対する緊張感が途切れると、原稿を書いても集中できず、机の上に積み重なった資料の整理を始めても、中途半端な形で終わることもたびたびあります。

ところで、『焼酎楽園11号』の表紙の写真を見て、夕焼け、それとも、朝焼けかと考え込んだ方も多いのでは? 目次の左下に写真の解説が書いてあります。ご覧ください。(福)

H15.9.27

10月25日に発刊する次号の編集作業も大詰め。数日後に入校を控え、慌ただしい毎日です。寝不足が続くと、心身ともに疲労し、思いがけないミスも頻繁に起こります。なかでも、やっかいなのが、資料の紛失。

「ついさっきまで手元にあったのに…」と、仕事を中断して書類を探すようになったら、疲労もピーク。仕事の能率が下がったら、気分転換も必要ですね。雑誌を見たり、タバコを吸ったり。ときには机を立ち、近くの公園などで体を動かし、汗を流す。そこまでしたら、たとえ寝不足で体調が悪くても、爽快になるかな? ホームページの書き込みも、気分転換のひとつですね。

電車などでメールをする人を頻繁に見かけますが、その行為もストレス発散を兼ねた行為かと思われます。満員電車に乗ること自体、ストレスの原因となりますが。

この時期ですと、夜空を見上げ、オレンジ色に輝く火星を探すのも一興ですね。さすがに、もう、世間でも騒がれなくなりましたが、昨日も仕事帰りについつい夜空を見上げてしまい、少しのあいだ、足を止め、遥かかなたにある惑星に見入りました。探しても見つからなかった資料のことも忘れて。(福)

H15.8.26

今年の気候は異常です。東北地方では冷夏のため、米の収穫が大幅に少なくなるといわれています。ヨーロッパの暑さと東北アジアの冷夏。偏西風の流れなど、原因はいろいろ考えられるようです。

異常気象は米だけでなく、さつまいもにも大きな影響を及ぼしそうです。4〜5月に植え付けられたさつまいもの苗は、夏の暑い日ざしを受けて大きく成長します。夏の日ざしが少ないと、さつまいもは大きくなれないばかりか、でんぷんを十分蓄えられなくなります。やせた細いさつまいもで焼酎を仕込むには、それだけ大量のさつまいもが必要になってきます。

屈指のさつまいも産地である鹿児島県。でも、生産量の内訳を見ると、トップはでんぷん用のさつまいもです。焼酎用のさつまいもはそれほど多くはつくられていないのです。しかも、青果用のさつまいもに比べると、価格は安い。さつまいも栽培農家の高齢化や、後継者不足など、さつまいも生産をとりまく環境にはけっこう厳しいものがあり、いも焼酎の人気が高まり市場が拡大すればするほど、いも焼酎の原料となるさつまいもの量と質を確保することは、重要な課題となってきます。
そこにもってきて、今年の長雨と冷夏。さつまいもの出来が気にかかります。

8月上旬、鹿児島と宮崎の十数軒の蔵元に尋ねました。皆さん、口々におっしゃいました。「確かに7月は雨が多かったが、これから晴天が続けばさつまいもは十分大きくなりますよ。心配ありません。また、農家とは早い段階で契約を交わしているので、大丈夫」。

その後も、毎日、天気予報に注意を向けていますが、九州はわりと暑い日が続き、ことに鹿児島・宮崎の日ざしは強いようですので、ひと安心です。

このところのいも焼酎人気で、今年はどの蔵でも仕込みに入る時期を早めているようです。さつまいもの太り具合が、うまく仕込みに間に合えばと願う毎日です。

近ごろでは、「冷凍いも」の話題も聞くようになりました。生のさつまいもが使えないなら冷凍いもを、という発想がでてくるのも当然でしょう。冷凍いもにも、中国産と国内産の二種類があるようですが、いも焼酎は鹿児島県と宮崎県南部の産地特性を色濃くもつ「農業の一環の産物」です。その視点を忘れずに、いろいろ工夫していただけたらと願っています。(小)

H15.8.14

もう、秋。
東北では、梅雨も明けないというのに…

今月はじめ、伊豆・修善寺へ出かけました。
その日、真夏の日ざしがまぶしく、ちょうど地元では夏祭りとあって、お囃子もにぎやかに、子どもたちの曳き山が練り歩いて、ついついこちらも浮き立つ気分。
ところが、タクシーに乗ったら、観光客が減ってさっぱり、という運転手さんの言葉に、気分は引き潮。
「鮎も小さいんですよ」と、釣りをしない私には、ピンとこない話が続きます。
なんでも、ここしばらく川の水温が低く、なかなか鮎が遡上してこなかっただけでなく、鮎の成長も遅れているのだとか。
「低水温が続けば、鮎はもう秋だと勘違いして帰っていってしまう」と、運転手さん。
なるほど、その夜、宿の夕餉に出た塩焼きの鮎は、小ぶりでした。


翌日、山を散策したら、曼珠沙華が咲いていました。
秋の彼岸に合わせて咲くから「彼岸花」という別名をもつ花が、50日も早く咲いています。これほど暦に忠実な花もないと思っていた曼珠沙華が、咲く時期を間違えている。
いえ、狂っているのは、気候のほうです。
きょうも、肌寒くて、くしゃみばかり。


ヨーロッパでは猛暑で大勢が死んだというニュースを聞きながら、こころ落ち着かない日々です。(芳)

H15.8.8

「分別」はやっかいです。 いえ、「ふんべつ」じゃなくて「ぶんべつ」のほうの話。 毎日、ゴミを捨てる段になって迷います。 生ゴミといっしょに捨ててよいのか、あるいは「燃えないゴミ」か。 簡単に「分別」できるものよりも、迷うもののほうが多い気がします。 そんななか、ビン類や缶類は比較的簡単に「分別」できますし、自治体で回収箱を用意してくれていますから助かります。

私の居住区では、毎週1回、ビン・缶類の回収が行なわれています。居住区はもちろんですが、月曜日から金曜日まで、毎日の通勤経路や、行動範囲のなかで、必ず、どこかの区域で回収を待つビン・缶類を観察しています。 缶類で圧倒的に多いのはビール・発泡酒の空き缶。そして、ビン類では各種の酒ビンです。リターナブル(再利用回収)か、雑ビンかを問わず、酒ビンの数は相当数にのぼります(正確な数を数えているわけではありませんが)。 でも、本格焼酎・泡盛のビンはほとんどないのが、首都圏の実情です。 吟醸酒ブームのころには大吟醸酒のビンが、またワインブームの絶頂期には世界中のボトルが、飲み屋街だけでなく、住宅地でも山積みになっていました。今も、多いのは日本酒とワインです。たまに本格焼酎や泡盛の空きビンが混じっているのを見かけると、つい手にとってしまいます。このビンの山のせめて五分の一が焼酎・泡盛ビンになれば、本当に焼酎ブームがきたと実感できるのですが…。実態はまだまだ。

今、世上いわれる「焼酎ブーム」は、局地的な竜巻の状態をさしていると思います。竜巻に巻き込まれても自分の足でしっかり立っている人もいますが、巻き上げられてキリキリ舞いしている人のほうが圧倒的に多い。なかには、異常な騒ぎを不快に感じている人も少なくない。 でも、そのいっぽうで、そよとも風の吹かない地域が広がっていることも、また事実なのです。 いったい自分がいるのは、竜巻の中か、無風地区か、あるいは快適な風が吹く場所か、自分の居場所を知る「ふんべつ」も必要かもしれません。

ブームとは、所詮、一過性のものです。ただ、ひとくちにブームといっても、竜巻のように一時的な高まりが混乱と破壊を巻き起こしたのち退行する局地的なブームもあれば、大きなうねりを起こし波状に広がって普及をもたらすブームもあるでしょう。ブームの有り様によって、のちのちの結果は異なります。

戦後、本格焼酎は、「白波ブーム」「いいちこブーム」「変わりだね焼酎ブーム」などなど、たびたび「ブーム」を起こしてきましたが、偏見や固定観念をもたない若者が飲んでいる今こそ、焼酎に対する認識が広がり深まる好機であろうと考えます。早く竜巻がおさまり、全国に心地よい風が吹くことを願っています。(芳)

H15.6.6

5月8日に行なわれた「がんばろう大阪 焼酎でっせ!」に参加した。東天紅の会場は参加者の熱気で暑い。参加者の半数以上が女性。みなさんよく飲み、よく食べていた。会を主催したのは、二〇数軒の飲食店の若きオーナーたち。各地で行なわれる焼酎の会に何度も参加した人たちが中心なので、経験からいろいろな運営上の工夫がされていた。参加した二一蔵の蔵元のみなさんも、実行委員会からサポーターが着くので、同様の会にくらべて楽しそうに見えた。
料理は中華料理のフルコース。会費の元は十分にとれる内容。当日、運営に参加したメンバーは四〇人を越えていたようだ。みんなボランティアだ。参加者もテイスティングではなく、心から焼酎・泡盛を楽しんでいるのがよくわかった。終了後、蔵元が口々に「楽しかった。来年もぜひやってほしい」と言っていたのが、会の雰囲気を象徴している。実行委員会のみなさん、ほんとうにお疲れでした。(小)

H15.6.6

「少し、太ったでしょ。以前より、顔がふっくらとしてるよ」 そう言われて、最近の食生活を振り返りました。

外食が多いかと思えば、今週はたった一度っきり。地ビール専門のバーで、仕事帰りに軽く一杯飲みました。地ビール専門のバーに興味を覚えて入ったのですが、ビールを一杯飲むと、焼酎が飲みたくなってきました。「焼酎が飲みたいと思っているのは、自分だけかな?」と、ひとり思い、なにげなく見ると、なんだか編集長の顔にもそれらしい表情が表われていました。

「もう一軒、行こうか」と、声が掛かるのを期待しつつ、店を出ました。 地ビール専門のバーなので、当然、焼酎や泡盛は置いてません。だけど、それでも、ますます飲みたくなるのが……

これでは、ただの飲んべえですね。

だから、太ったのかな。 大きな声では言えませんが、もうひとつ、太る原因がありました。むしろ、そこに太る原因が隠されているように思えてなりません。

それはというと……
その日は編集長をはじめ、編集部員そろって飲みに行きました。地ビールの店を出ると、突然、「そばを食べたい」とひとりが言ったものですから、そば屋の暖簾をみんなしてくぐりました。食べると、これが美味しいので、食べ過ぎてしまい、太る原因になるのです。たしかに、食べてから、飲んだほうが健康には良いのですが……

その後、焼酎や泡盛が飲める店へ行きましたが、満席で断られました。
(そば屋に行ってなかったら、満席になる前に店に入れたのではなかろうか)
編集長は家に帰ってから一杯飲んだそうです。
(私は帰ってすぐ寝たけれど、やっぱり、編集長は物足りなかったんだな)

仕事でも、私生活においても、「まだ、若いのに」と言われたり、「もっと、しっかりしてもらわんと」と、言われたり。飲んべえと呼ばれるには、まだ早いと思います。27才というのはいろいろな意味で微妙な年齢ですね。(福)

H15.5.16

学生時代の友人のひとりが、結婚しました。聞けば、結婚式から二次会まで、新婦がほとんどひとりで手配したそうです。

「式の直前まで、仕事の都合で海外にいました。式のことはすべて、彼女にまかせっきりでした」(二次会での新郎の発言)

新郎とは親しい仲ではなかったので、二次会の場(わたしは新婦の友人なので、式には出ませんでした)で初めて会いました。新婦の労を少しでもねぎらおうとする新郎の気遣いが場の雰囲気を自然と和らげ、その場にいた新郎新婦の友人や会社の同僚たちも、ふたりを心から祝福していました。

新婦は学生時代から、なにかと人に頼られることが多く、またそれが、性にあっていたと言ったら怒られるかもしれませんが、世話焼きのタイプ。酒に飲まれることも滅多になく、飲み会ともなると、できあがった人からひとりずつ会費を集めたり、酔い心地のなかでなかなか店を出ようとしない友人に、「もう、店出るよ」と声をかけたり(返事がないと少しずつ、声の調子が強くなり、しまいに置いてきぼりにされた人もいたかな)。
そんな彼女もたまに酔うと、世話焼きのしっかり者の性格とは一転、「頼んだ料理がまだこなーい」と店員を呼びつける始末(わたしの記憶では、そうでした。本人は、反論するかもしれませんが)。笑い声が少しずつ甲高くなるのが、酔った証拠でした。

酔ってくると、顔が赤くなる人、態度が大きくなる人、眠くなってごろんとなる人もいます。酔い心地となり、気分良くなった時の態度や表情の仕草ひとつとってみても、人それぞれですね。酔いかたも飲みかたもそれぞれ違うからこそ、ひとりより二人、三人、四人と酒を酌み交わす仲間が増えれば増えるほど、場の雰囲気も楽しくなるし、酒も美味しく感じます。

同年代の友人のなかで、「焼酎党」は残念ながら少ないです。まして、「健康に良いから、焼酎を飲む」もしくは、「健康に配慮しながら、酒を飲む」といった友人は、いまのところ、見当たりません。「健康」は親から授かったもので、生まれつきあるものとして認識しているからかな。

そういえば、新郎新婦を囲んで飲んだ時のビール。その場に集まった人はみな、いつもより格別に美味しく感じたでしょうね。(福)

H15.4.26

季刊化第1号の『焼酎楽園』Vol.9を4月25日に発売しました。季刊化を機にカラーページを大幅に増やし、デザインも変更。また、表紙も一新し、大幅なイメージチェンジを行ないました。内容も、「旬の料理を味わう」「親から子へ」「旅ゆけば焼酎」など、新しい連載を始め、文字もできるだけ大きくし、読みやすくしたのが特徴です。

さらに、現在のいも焼酎「ブーム」の背景についても多角的に解明するように努めました。その過程で、いわゆる「ブーム」が皮相なものではなく、日常酒として定着する可能性を深めているのを実感。ただ残念のなのは、いも焼酎や黒糖焼酎で一部の銘柄への集中が見られること。そのため、一部の蔵では出荷調整を余儀なくされています。そんななかで、ある蔵元が「自分たちの蔵を育てていただいたように、ほかの蔵も大事に育てていただきたい」と、酒販店にお願いしたとの話は、いも焼酎の底の深さと可能性を感じさせます。「第2の創刊」ともいうべき季刊化第1号をぜひお読みください。(小)

H15.3.28

本格焼酎の会が名古屋で開催され、久しぶりに名古屋に行ってきました。「名古屋は東京や大阪より2年ほど遅れているんです」と、ある酒販店の人が話していました。名古屋はもともと清酒文化圏で、本格焼酎や泡盛が定着するのに時間がかかったそうです。

しかし、4軒ほど飲食店をまわった感じでは、品揃えも豊富でそれほど遅れているとは感じませんでした。これまで麦焼酎から入る人が多かったが、最近の売れ筋はいも焼酎とのこと。焼酎の会もたいへん盛況でした。

名古屋の愛飲者の人たちはおだやかな人が多いという印象を受けました。長い試飲時間があったのに、酔っ払う人はなく、各蔵のブースを回り試飲し、熱心に研究している人の姿が目につきました。

会を主催した酒販店だけでなく、デパートの酒売り場ものぞいてみました。酒販店はもちろん、デパートでも品揃えがしっかりしているのには感心しました。販売する人も説明がきちんとできていました。このデパートだけかもしれませんが、東京のデパートなど比較にならないほどで、たいへん好感を持ちました。

これまで、酒販店さんが焼酎の会を主催して、本格焼酎・泡盛の普及に大きな力を発揮してきました。現在、大阪で新しい試みが進んでいます。若い飲食店店主の人たちが横断的に連合して、焼酎の会を開催しようという試みです。「がんばろう大阪・焼酎でっせ」(5月18日)という会です。主催する飲食店は20店以上、参加する蔵は予定では20蔵だそうです。詳しくは、「WEB NEWS」を参照ください。

酒販店さん主催の会だけでなく、飲食店さん主催の会など、それぞれの立場を生かしたで新しい試みが広がれば、本格焼酎・泡盛がさらに普及することはまちがいありません。希少銘柄を追う「浮ついたブーム」も少しは落ち着いてきたように感じられます。今、本格焼酎・泡盛は、ようやく定着期の入口に入りつつあります。銘柄だけではなく、焼酎が造られる風土や文化、造り手の思いをていねいに伝える場として、もっと多くの会が開催されることを願っています。(小)

H15.2.19

東京・池袋の東武デパートで、2月13日から「大鹿児島展」が開かれている(2月25日まで)。例年人気の催しだが、今年も会場はいっぱいだった。
特に目を引いたのは、奄美諸島関連ブースが増えたこと。去年までは、黒糖焼酎蔵もいも焼酎蔵と並んでブースを設けていたが、今年は独立した。沖永良部酒造や奄美酒類、奄美大島開運酒造、弥生焼酎醸造所などが参加している。
それだけ黒糖焼酎が注目されていることのあらわれといえる。奄美諸島は、今年、復帰50周年の節目の年である。奄美諸島への関心が高まり、それにともない黒糖焼酎がもっと多くの人に知られるようになることを願っている。(小)


H15.2.12


最近、テレビで本格焼酎や泡盛が取り上げられることが多くなった。先日も、夜テレビを見ていたら、偶然、健康番組で焼酎を取り上げていた。甲類焼酎と本格焼酎が健康によいとの趣旨。驚いたのは、番組の製作者が勉強していないこと。甲類の醪と称して、いも焼酎の醪をみせたり、甲類の原料が糖蜜(正しくは廃糖蜜)だとしたり、不勉強ぶりが丸見えだった。

「健康問題」が、本格焼酎・泡盛を飲むきっかけになることはけっして悪いことではない。しかし、放映の翌日には、各地のスーパーに「健康に良い酒」として、甲類焼酎と本格焼酎が所狭しと並べられるのは興ざめである。

本格焼酎・泡盛が普及すればすればするほど、あやふやな情報が流布しそうである。せめて、甲類焼酎と本格焼酎・泡盛のちがいだけは正確に伝えてほしいと願うのは、私だけであろうか。

小誌も初心者にもわかりやすい誌面つくりをしなければならないと、心を新たにした。季刊第1号のVol.9から、その思いを少しでも誌面に反映していきたい。(小)